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リクルート玉名工場から

エンジニアリング部

コミュニケーション大得意です。

玉名工場 浅田大輔

 今は有明事業所の所長として、事務や労働管理、設備工事…いろいろな仕事に関わっています。がんばっています。自分で言いますが。日立さんの中で仕事をしていますから気は使います。いろいろな方がおられますし、コミュニケーション面でのスキルも大事になってきます。でも、私は人と打ち解けやすいし、コミュニケーションも得意ですから、そんな性分が役に立っています。納期など厳しいところはあります。時には「今日中に見積りを」とか。自分でできる範囲内であれば、なんでもやってしまいます。逆に仕事がない時もあり、玉名工場や日立の方に「仕事がないか」と催促することも(笑)。とにかく取引先との折衝が好きなので、仕事はとてもおもしろいですね。

玉名工場

昔は地底で石炭掘ってました。

玉名工場 松尾 博

 船舶関係やバケット関係、鉄塔のガス溶接が主な仕事です。長い間やってても取引先のレントゲン検査では、緊張します。家では毎日の息抜きとして、ビールや米焼酎でちょっと晩酌を楽しみます。炭鉱で働いていた時代は、崩落の危険もありますから「これは危ない」ということをしたら、後ろから蹴られたものです。
今の現場でも若手が危ないことをしていると、口調や言葉がつい厳しくなります。決してパワハラじゃありません。けがをしないよう相手のことを思って注意しているのですから。「私のために言ってくれている」とわかってもらえたらいいのですが。

玉名工場

最近やっと自分の居場所が確保できました。

玉名工場 天場 和幸

 取引先からの図面を現場が組めるよう、それぞれ担当別に仕分ける仕事をしています。工程でいえば、切断班が切断したものを加工班がパイプを曲げ、組み立て班が組むという流れですが、その材料調達、図面仕分けの担当になります。
人づきあいが苦手なので、職場での人間関係もきついです。得意な人も不得意な人も。でも最近は自分の居場所も出来たような、仕事は頑張ってやってます。

玉名工場

仕事、時々農業、さらに飲んべえです。

玉名工場 原口二敏

 主に製缶の仕事です。今は南星の鉄塔の仕事に関わっています。山の中腹に立ってる鉄塔ですが、こちらで大組みして運びます。入社したころは仕事が合わないと感じて、やめようかとも何度か思いましたが、だんだんおもしろくなってきました。
休日は農業をしていて、米や麦、大豆を作っています。
造るものが大きく、出荷まで工場内に置いておくと場所がとられるので、工場の広さもう少しあればと思っています。お酒、好きですね。一応毎日。それと熊本はのんびりしていていい所ですよ。

エンジニアリング部

ものづくりの精神だけは残したいですね。

玉名工場 是永照雄

 玉名工場に来て35年くらいになります。もとはちがう会社でしたが、経営状態が悪化、日立造船から引き受けてほしいと言われ、昭和53年の秋、コレナガが引き継ぎました。
玉名工場は製缶が多いですね。配管は船舶関係のパイプが基本です。日立造船の仕事がメインで7割、JMUが1.5割です。工場の規模は大東と同じくらいじゃないですか。敷地は玉名のほうが広いですね。まあ、鉄塔等大型構造物ができるのが玉名の特徴です。
有明事業所には4名が常駐しています。玉名工場で作った配管を、有明で船舶のエンジンに取り付けています。船舶関係の仕事は浮き沈みが大きいので必然的にこちらにも影響はでます。でも、ものづくりの技術と精神だけは継承したいですね。

腕、あげました。

玉名工場 稲田 茂

 勤めて24年。一時期有明事業所で仕事をしていました。船舶のエンジンに配管を取り付ける仕事などをしていましたが、おもしろかったですね。現在は製缶部門で、図面通りに鉄板を組み立てる仕事ですが、難しいものもあります。仕事の腕は上がったなと感じています。コツコツやるのは嫌いじゃありません。

玉名工場
エンジニアリング部

溶接一筋ですが、実はファッションに凝るほうです。

玉名工場 松村 豊

入社以来配管部門で溶接ひと筋です。会社ではいろいろありますが、でも、よく続いていると思います。玉名工場は大きいと思うでしょうが以外に作業スペースは狭いですもんね。溶接には資格が必要です。試験があって、会社としては日立造船で造船関係の試験、ほかにスキル向上のため、個人としてJISやボイラー溶接など、いくつか受けて取得しています。
ファッションが趣味ですね。自分の好きな芸能人の真似をしするなど、自分なりにオシャレを楽しんでいます。

もう思うように手が動かんですよ(笑)

玉名工場 下田 耕次

 15、6歳で日立造船に入り、大阪に28年くらいおりました。有明工場ができるということでこっちに戻りました。日立造船では船舶の艤装をしていまして、当時からコレナガの名前は知っていました。ちょうど40歳で早期退職をして、コレナガに入りました。当時、業界の景気は傾いていました。造船所の仕事しか知らないですから困りましたが、たまたまコレナガに日立造船時代の上司が入っていまして、日立退職後に誘われたんです。
コレナガではいろんな仕事をやらないといけない。プライドがあって年下に尋ねない人もいますが、私は人と話すのが苦にならないので、若い人に「どないすんねん」「教えてくれ」と尋ねたものです。みんな、教えてくれましたよ。
「指導がうまい、何でもこなせるベテラン」といわれますが、もう手が思うように動かんですよ(笑)。溶接も組み立ても何でもやります。鉄板を曲げるのは、熟練しないとできないものです。怖がる人もいるくらいですし。
私たちが若い頃は、仕事は見て覚えたものです。こちらがなんぼ言っても、本人が見て覚える気がないと覚えられないものです。日立造船時代は、ぼーっとしてたらハンマーが飛んできたものです。コレナガのみんなは、よくやっていると思いますけどね。コミュニケーションがもっとよくなればと思います。和気あいあいとして、やるときはやる、というようなメリハリのある雰囲気ができれば。

エンジニアリング部
エンジニアリング部

ハンドベンダー曲げに凝りすぎてます。

玉名工場 一島貴久

 もともと日立造船有明工場で計装配管の仕事をしていました。人間関係がうまくいかず、まだ自分も弱いところがあり、2年ほどで退職し、転々として。それで鍛えられたと思います。元の職場のもどったわけです。
得意なのはハンドベンダー曲げです。15、6年間、計装配管を担当していました。銅管を扱う仕事です。今は鉄ですけど。銅は鉄に比べて軟らかく、直径10cmくらいの銅管をハンドベンダーという道具で曲げていました。見た目の出来栄えを大切にしていて、基本は直角・平行。壁を這わすときもまっすぐしないと気が済まない。これまでよりもきれいになったんじゃないか、という満足ですね。

玉名工場

安全への取組みに終わりはありません。

玉名工場 岡山 郁夫

 安全活動としては、月に1回、必ず工場内をパトロールしています。パトロールの中で不具合なところなどがあれば、意見を出してもらっています。意見はまだ少ないのですが、転倒につながるような危険なことがあれば、「こういうふうに改善しましょう」とか。
過去にはグラインダーでの事故が多いですね。目に異物が入る問題もあり、軽くて異物が入りにくい眼鏡に変えるという対策を行い、それまでは何件か発生していたのが、実績としては異物混入がゼロになっています。危険とはいつも隣り合わせですから、改善に向けた取り組みに終わりはありません。工業団地に災害防止協議会が設置されていて、各企業を見学して回ることがあります。各企業で行っている防止策のいい例があれば参考に、生かせることは生かして、災害防止につながるように常に考えています。