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リクルート製造部から

製造部

若い人、いろいろあるけど、もう少し耐えろよ。

製造部 吉本 明弘

 船のディーゼルエンジンの配管溶接を担当しています。もともと溶接が好きだったので、苦にならないです。工業高校で習いましたけど、ちょっと触ったくらいで、記憶にあるかないか、ぐらいです。免許の種類もいろいろあります。素材にしても、慣れたら簡単ですが、ステンレスや鉄など素材によって電流も全く違います。
ふつうに溶接するだけなら誰でもできますが、いかに見た目をキレイにできるか、きちんと付けるかというところで奥の深い仕事です。
人の仕事を見て、技術を学ぶなどしてきました。私たちの時代は「見て覚えろ」というのが基本でしたが、今はOJTで教育するのが基本になってきています。OJTできっちり教えないといけないと思います。でも、下に怒れない時代になっていますね。ちょっと注意すると、やめると言う。「もう少し耐えろよ」と思います(笑)。
早くに結婚して子どもが3人います。落ち着いているとよく言われますが、そのせいかなと。家族が多いこともあるし、給料はちょっと上げてほしいです(笑)
人間関係はいいのですが、段取りの悪い時は工程管理と現場がもめることもあります。まあ、そのくらい、ですか。
希望は、どれだけがんばっているか、どれだけ量をこなしているかで評価して欲しいと思います。

製造部

ベンダーとアオリイカ、どちらも面白い。

製造部 北澤 博之

 ベンダー工としてパイプ曲げ専門で働いています。京都からJRで通勤をしていて、今、朝は5時起きです。大東と聞いて遠いと一度は断ったんです。ところがパンフレットを見せてもらい、思いのほか規模が大きい会社だ、と。それで面接を受けました。でも、ベンダーは素人。採用されるわけがないと思っていたのですが「来てくれ」と言ってもらって驚きました。
私は、65Aから150Aまで曲げています。Aは外径のサイズのことです。ベンダー曲げで難しいところはいろいろあります。問題は薄いパイプで、シワが出やすいんです。真ん中にシワが出ていると微調整をします。1mm、2mmで変わるので「芯金がアップかな、下がりかな」と症状を見ながら調整します。でも突然シワが出るんです。ですから綺麗に曲がったときは、何ともいえない達成感があります。ヨッシャみたいな、ね。お客さんに見てもらい、「キレイにできている」などほめられると、やっていて良かったと思います。正直言いまして、コレナガはとても仕事がしやすいです。
釣りが大好きで、とくに海釣りが好きです。アオリイカのヤエン釣りが好きで、秋は日本海へ。この前は三重県のほうまで行きました。おもしろいですよ、美味しいですしね。

コレナガのいい所、話します。

製造部 瀬川 潤一

 コレナガではまだ6年です。以前は焼却炉やタンクなどの製缶業に関わっていて、縁があって入社しました。仕事は製作にかかわる材料の仕入れ手配から生産の準備、工程管理も含めて出荷までの一連の管理をしています。年間通して継続して入ってくる仕事の場合は継続して担当し、単発の仕事なら工場長の指示でそのときどきで担当します。客先によって担当が決まっていることもあります。 大手のお客さんは川重さん、日立さん、三菱さん、ササクラさんですが、直で仕事を受けているのはコレナガのすごい点だと思います。お客さんが大手さんばかりなので、社内の意識やレベルもお客さんに合わせなければいけないというところで、さまざまな取り組みをしています。
コレナガのいい点はそういうところだと思いますし、当たり前と思わずに大事にしないといけないと思います。そこを手放さないためには、当たり前のことですが、いいものを作っていく意識を全員が持つことが欠かせません。

製造部
製造部

姉妹で鐵工所に勤めてます。

製造部 佐竹 照美

 製造管理というのか、男の人と同じ仕事を任されています。ハッキリ言ってその場しのぎでやってる感じ。もう少し知識を、と思うのですが、教えてもらう時間も、教えてくれるはずの人もそのヒマがない感じです。その代わり怒られることも、見放されているわけでもないようなので。
パイプの発注先や、製造の手配、図面編集などで1週間くらいかかります。工程会議が1週間に1度あって、製造部に自分の仕事を優先してほしいときは会議でぶつけます。基本のキも知らずに入社したので、仕事をする中で日々成長はしていると感じています。
休日はピアノをやっています。ずっと趣味で続けています。

小さい頃からモノづくりが好きで…

製造部 奥本 翔

 入社してまだ1年です。組立や溶接、ベンダーや旋盤など仕事はいろいろありますが、私は将来的に組む側にまわる予定です。小さい頃からモノづくりが好きで、何かを作る仕事がしたかったんです。大東が地元なのでコレナガに就職しました。大学でも機械工学を学んでいて、こういうことをやっていましたから、将来的にもこの分野を学んでいきたいと思っていました。
大学で学んだ事は結構結びつくところが多いです。溶接士の資格も取る予定です。現場によって施工法が違っていて、電気なら電気の施工法、海で使うモノなら海の施工法と決まった施工法があります。施工法に合った資格を取得していくのも目標です。
図面を描くのは学生時代から得意ではなく、バイクをいじっているほうが好きでしたから、やっぱり現場でモノづくり全般に携わっていきたい。
組立士の中では私がいちばん若手です。親世代とまではいかなくても、周りは年長の方が多いですね。この現場ではパーツパーツを作っていて、私も将来的にはやはりパーツに携わっていくと思うので、完成形までイメージをふくらますことはまだできないです。でも、私も完成したものをいつか見てみたいですね。

製造部
製造部

姉妹で鐵工所に勤めてます2。

製造部 佐竹 志津香

 鉄を扱う仕事ですが、抵抗はなかったです。私は事務希望ですべり込みました。姉と同じ仕事になって。まあ助け合えるからいいかな、とは思いました。きっかけは、いろいろと教えてくださった課長が退職されることになり、課長の担当の仕事を振り分けることになり、いきなりやっていくしかなくなりました。姉とは性格的には全然違っていて、姉のほうが男性的で、言いたいことは言っていますね。私はわからないことがあればしつこく尋ねることが多くて、人を巻き込みながら仕事をやっています。上原課長には尋ねやすいです。
男女差別なく同じ土俵で仕事をするというのも中々難しいですね。「やれ」といわれても、見積りも作らないといけない、現場にも持って行けとかで、自分一人の手に負えないと感じていますが、周りが助けてもくれるので何とかやれています。
10年やればベテランと言われますが、年月だけ経ちそうです。どれからまずやっていけば自分がラクになるのかをまだまだ模索している感じです。どうしようと思っている間に違う仕事がまわってきて、それも初めてだし、どう進めていけばいいかと、いつもその場しのぎになっているのが正直なところです。何かしら引き出しを増やして、やっていくしかないのかと思っています。
周りが課長さんたちばかり、ベテランの方ばかりで、皆さんにとって当たり前のことなので、「どこがわからないんやろ」という感じかもしれません。

今は指導する側がむずかしくて

製造部 奥田 充俊

 下請け会社に2年おりまして、社員になって今年で8年目になります。主な仕事は製品が完成した後の作業です。出荷や、出荷前の荷物を仕分けたり詰めたり、荷造りしてトラックに積み込むなどの業務です。製缶も配管もどちらにも携わっています。モノによりますが、そのまま積み込む製品もあれば、バラすものもあります。クレーンなどの作業には危険が伴うので資格が必要です。
仕事はしんどいのが当然ですが、スタッフから評価される賞に選ばれたこともあります。5人チームでやっていて、今は下の人には指導する立場です。今は叱るのも難しいですね。言葉一つにしてもパワハラとかがあって。そういった面でしんどいですね。昔きつく叱られながら教えられたもんですが、今は教える側が大変です。

製造部
製造部

この規模でよくやってるな、って思いましたよ。

製造部 前川 泰男

 日立金属を希望退職してコレナガに入社、日立金属では機械全般のメンテナンスをしていました。今はその時の旋盤の経験を生かして太子田で仕事をしています。製造は初めてですね。
太子田は前工程を担っていますから、材料を受け入れて切断して、旋盤で開先(カイサキ)を取り、アールに切るなどの仕事。それを大東工場に持ってきて組み立て、溶接して製品になります。長老といわれれば、社員としては玉城さんと私がそうですね。
私が入った時には7月に技能研修を全社でやっていて、競技もありました。大手でも研修はありますが、溶接してネジ切りしたり、パイプを曲げたりと、みんなで競技をするんです。「毎年やっているのかな。技術向上のためにやるんやな。この規模の会社でよくやっているな」と初めは感動しました。そんなことや工学講座の時間を合わせたら、教育や研修に使う時間は大手より多いんとちがうかな、とも。
会社はもっと若返らないといけません。私のような65歳過ぎたおっさんはおったらあかん(笑)と思いますけど、いい会社だからずっとおるんでしょうね。

製造部

一つ一つを確実に、その繰り返しですよ。

製造部 矢田部 章志

 入社してもう26年です。工程管理です。仕事は1年通して、まったく暇になることはないですね。仕事が難しいかどうかはお客さんによって全然違います。お客さんの要求、仕様に対して、どれだけグレードを上げていくかですね。品質保証の面も検査数が増えるなどしますね。日立さんが桜島(大阪)から九州に移転するまでは川重さんと日立さんの仕事が多かったですね。
一つひとつを確実にこなしていく、その繰り返し、それが仕事ですね。
組み立てのKPSの指導者です。月1回、KPSで会議したものを全体会議で発表しています。広報委員会でも活動しています。上原君とは同じ学校で、同期です。同じ会社に入ったのはたまたまですが。
コレナガはいい会社です。だから仕事続けられていると思います。休みはテレビで野球観戦するくらいですか…、お酒は、ビールを少しです。

製造部

うちは親子三代、コレナガです。

製造部 野本 正之

 入社は40年以上前で、オイルショックよりまだ前の話です。景気はよかったですよ。仕事はどんどん来ました。とりあえず仕事が優先で、見積もりとかお金のことは後回しでした。昔は造船関連の製品がメインで70~80%でした。
技術的には全然変わりましたよ。私が入社したころはティグ溶接や半自動溶接なんてなかったです。溶接といっても奥が深いんですよ。ひと口に溶接といっても、当然いろいろな溶接方法がありますし、使う用途によりすべてやり方も違います。
造船業界の中ではコレナガは有名です。「あの是永鉄工さんですか」といわれるなど、名前は結構通っていますね。現在は「船から陸へ」と陸の仕事(プラントの配管)に取り組んでいます。とはいうものの、船舶関連の仕事は特に景気に左右されます。閑散期にプラントをやる。すると突然また船の仕事がどんどん入ってきて、プラントの仕事ができなくなる状況もあるんですよ。そのへんの兼ね合いが難しいんです。
話は変わりますが、私は、昔、場内外注の方の紹介で入社しました。その後、その方の娘さんが事務員として入社され、その女性と社内恋愛で結婚したんです。それで子供ができて、その子供がまたコレナガにお世話になりました。つまり親子3代続いてコレナガにお世話になっているんです。なかなか無い話だと思います。