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リクルート

忙しくて化粧する暇もない…ごめんなさいウソです。

ものづくり工場 森岡亜矢子

 そうなんです。ものづくり工場の操業状況は、人数に対して高くはないです。製造部の仕事を手伝い始めたきっかけも操業が低いからで、そこが課題です。 個人的には少し成長、例えば経理。消耗品や雑費といった仕分けなど。出勤簿も私が管理し始めています。また、毎月本社で、各部署の生産や操業の状況報告をやっていまして、私は書記を担当しています。工学講座も受講しています。テストがあり、この前受けたばかりです。講師の先生はレベルを下げてくれていますが、私にとっては難しかったですね。 お化粧はちゃんとしてます。お昼は神戸駅近くのおしゃれなカフェ。って書いて下さい。ええ、今から自転車で行ってきます。

ものづくり工場 森岡

俺たち現場で戦う同士です。

世界初の旋回式浮体橋

エンジニアリング部 成田和久

 一番印象に残っている仕事は、夢洲と舞洲を結ぶ夢舞大橋の仕事です。中に入っている油の配管の仕事です。軸を入れる前に配管を引っ張って……という感じの。これは片一方だけが旋回する橋ですが、その当時、世界初の旋回式浮体橋だったと思います。苦労しましたね。工場のドックの端から端でも足りないくらいの長さでした。浮体する軸はドック内におさまっても、上のブリッジがドックを割って海まではみだすほど長い。配管は端にあるんですが、車で移動できないから、ずっと歩いて端まで行って……。クレーンで大きい配管は運びましたが、小さいものは持って運びましたね。あと、シアトルのシールド掘進機の仕事も印象に残っています。「どうしてもコレナガにやってほしい」といわれたのですが、多い時で40~50人入っていて、高野係長と岩森くんと協同して現場を見ました。3人で一緒にやっていますし、モノがデカくて印象に残っています。 現場では何が大切かといえば、外注で作業する人たちとのコミュニケーションです。職人さんは私たちよりも知っていることが多いんです。自分もある程度の技術を持っていないと、言われたことがわからないし、何か尋ねられても答えられないでしょう。判断と指示をしないといけない。私も高野さんも岩森くんもだいたい職人さんが言うことはわかるんですよ。現場の最後のほうまで、細かいところまで気にかけます。最近は職人さんがだいたいやってくれますが、昔はそれができなかったので、私たちが率先してやっていました。今はもう体がいうことをききません(笑)。

苫小牧から種子島まで

エンジニアリング部 高野良幸

 10年間勤め、1回下請けになり、平成14年に戻ってきました。先輩方が上手に指導してくれて、その先輩たちのおかげもあって復活できた、戻れたと思っています。だから、恩返しというような気持ちで下の人にも教えています。1度やめて戻るってなかなかないことですよね。
モノづくりが好きですね。大きいものを造ったときはやりがいがあります。お客さんの機械を新しく造る場合、生産の流れから稼働の部分も全部理解しての仕事なんです。そこが信頼されてコレナガに発注がくる、ということだと思います。外回りばかり、南は種子島、北は苫小牧まで行きました。いちばんしんどかったのが神戸から名古屋、東京と、船に乗って移動していく仕事です。往復20回くらいやりました。

エンジニアリング部
エンジニアリング部
エンジニアリング部

心を鬼にして、嫌われても品質

品質保証課 芦田善弘

 コレナガでは、ずっと品質保証課の仕事をしています。図面は読めましたし、製図の技能検定にも受かっていましたから、図面を見て製品と見比べることはできます。配管の図面はふつうの学校で習うような図面でなくて特殊なので、わからない人はわからないんです。
もともとこの工場は、品質保証課という専門の検査員が必要な仕事が少なかったんです。それが時代の変化とともにだんだん要領書を作ったり、立ち会い検査を受けたりということが必要に。グレードがアップしたのかもしれませんね。それまでは受けられなかった仕事も品質保証課があることで「対応できる」と。特に電気事業法という法律がらみの溶接の工事。法律を熟知してその法律に基づいて検査しないといけないし、国の審査機関とかに対応もしないといけない。そういったことを理解している人でないとできません。法律もころころ変わりますし、それについていかないといけない。 いちばん難しいのは、お客さんへの対応です。モノを検査するのは大したことではなく、書類のほうがすごく難しい。お客さんが立ち会いで来られたときも、何を尋ねられるかわからないし、そういう受け答えが難しく、緊張するところでもあります。要領書や成績書など、記録関係がしっかりしていないと、その製品がおじゃんになります。
私の性格として、この仕事は向いていないですね(笑)。めんどうくさいです。でも、心を鬼にしてやらないといけない。検査は、現場の人に嫌われる仕事です。だからといって、甘くすると品質がどんどん落ちて、どんどんクレームがきます。無理に嫌われる言動をするのではないですが、そうならざるを得ないし、嫌われ役になってなんぼ、という仕事かなと。それなら社員から「どんどん嫌ったろか」と思われてもイヤですが(笑)。嫌われる覚悟で、言うべきことは言うということです。でないと、仕事ができない。

品質保証課

変わり種ですが、少し設計の話を…

光洋工機 戸田 憲吾

 図書館勤務を経て光洋に入社しました。はい、変わり種です。
CADと設計の違いは、CADは人に伝えるための手段で、設計は図面に起こす前の段階、構造などを考えることです。文字を習っても小説は書けないですよね、それと同じです。
設計で大切なのは、相手が何をしたいかを考えることです。仕様書やお客さんからの相談を受けて、寸法や構造など機械のカタチを考えるのが設計で、考えたものを図面にするのが図面屋さん、つまりCADです。
光洋はモノを作るスタッフの数に対して、設計のスタッフの数が多いです。営業や設計が多いと製造コストが上がります。ですから、強みは価格面ではなく、お客さんがラクをできて仕事がやりやすくなる、「一言えば十わかってくれる」ようなサービス面です。高くても買ってもらおうと思えば良いサービスを提供していく必要があります。でないと、図面をもらって社長さんと現場の人で作るだけのような町工場と勝負しても、値段的には絶対に勝てませんから。

光洋工機

三角関数、実は必要なんですよ。

ものづくり工場 岩本大輔

 川重神戸事業所ではタービン関係に多く関わっていました。タービンとは、空気や蒸気など何かをあてて羽根をまわすものです。私が担当していた蒸気タービンであれば、蒸気をあてて羽根をまわして発電したりエンジンをまわしたりするものです。陸上の発電機用もやっていましたが、ほとんど船で使われるものでした。
作業長といえば部下を持って、動かして……というイメージですがそんな時間はないですよね(笑)。私も一戦力ですから。
今、工学講座に参加して数学や物理、材料工学などを学んでいます。難しくてチンプンカンプンです。「三角関数なんて、社会に出て何に使うの?」と思ったものです。でも、三角関数は仕事で必要でした。計測するのに三角関数がいるんです。計算してみたら設計が正しくないということもあります。
川重さんの場内でコレナガは下請けですが、常々、すべてが対等クラスだと感じていました。設計も電気配線の業者も、ペンキ屋さん、私たち、すべてが対等扱いです。私たちの仕事は日の目を見ないんだけど、思いのほかメインディッシュの仕事なんです。体でいえば、血管。配管という職業は総合職で、パイプだけ作れたらいいのではありません。塗装や溶接も知らないといけない、流体の知識も少し必要だし、組み立てるにあたっての機械仕上げ、クレーンの操作、たまに据え付け、といろいろな知識や技術がいります。現場に関してはとくにそうです。「あいつはスゴいな」と思えば立場が違っても、対等に扱ってもらえます。60歳くらいのベテランの人でも、同じ立場で接してくれますし、よく知っている人とは討論といいますか、「こうしたらいいのでは」「ああすべきでは」と意見を出し合うこともありました。タービンはそんな人が多く、そこで育ててもらったと思っています。
入社して5年か10年経ったとき、LNG、液化天然ガスを運ぶ船に携わっていて、やはりすごく忙しい時期がありました。不思議に思っていたら、老朽化した船との入れ替えの時期がだいたい20~25年周期で、その時期が今と聞いて納得しました。しんどかったし、大変でしたけど、おもしろかった。
エンジンはマンションみたいな大きさです。タービンも大小がありますが、私がやっていたのは何十万tの船を動かせるそこそこ大きいものでしたから、やりがいがありましたよ。

ものづくり工場

溶接で全国へ。神戸で会って岩手で会って
「あっ、あの時はどうも」なんてことも。

製造部 是永光政

 最近班長から溶接部門の作業長になったんです。班長の時点で、溶接チームのスタッフの割り振りはある程度やっていましたから、作業長といっても肩書だけついたという感じです。もともと溶接部門は社員が少なく、応援や外注スタッフの人が多かったんです。今は随分若返りました。
溶接の上手下手は、センスもあると思います。いくらキャリアを積んでいてもあまりセンスがなければ、見て「すごい」とは思わないです。「すごい」と思う人はやはりいます。奥がとてつもなく深いと思います。ピンキリといえばおかしいですが、簡単なものもあればめちゃくちゃ難しいものもありますから。場所にもよります。屋外など場所が悪ければ、風など防がないといけないことが多い。うちはほぼ屋内で溶接していますが、現場に行ったら吹きさらしみたいな状況です。 現場に行って溶接するには専用の資格がないとできないのですが、その資格も取らせてもらったので、年に数回出張にも行っています。近ければ川重さんや三菱さん、遠ければ岩手まで行きました。工事の内容により期間はそれぞれ異なり、長ければ1か月という現場もありました。岩手などの場合、大手メーカーの下請けさんからコレナガに仕事の発注があり、溶接して検査をしてもらって……という流れです。
神戸で知り合った人と岩手で出会って驚いたことも。意外とつながっていることがありまして、顔を合わせて一瞬「えっ」と驚きますが、「あのときはお世話になりました」……なんてことがあります。多分全体的に見れば、現場でやるとなるとできる人が絞られるのかもしれません。
自分の技術は入社したときに比べれば進歩していますが、周りを見れば上手い人はやはり上手い。自分はまだまだ、と思うところはあります。

製造部 
製造部 

労務担当だったんですが理由あって現場を仕切りました。

総務部 森上剛典

 私はずっと総務畑です。社会保険労務士事務所や前の会社でも総務(労務)メインでした。コレナガに入る条件は労務のキャリアが10年以上あることでした。ところが、いろいろあって、三年の約束で三菱重工業内の神戸事務所の事務方に。そしてまた、いろいろあって(実は現場のトップに私の意志でやめてもらったのです)私が現場をまとめることになりました。
長畑部長は、「あなたは、事務しか知らない人間や。(作業者らを)使っていけるか?」といわれましたが、「やらないと仕方ないでしょ。やりますよ」と。現場のことはまったく知らなかったし、図面なんか見られない。でも、何とかなりました。
人が足らなくなると自分でも現場の作業をやりました。銅管をつないだり、細い管をスパナというのか、レンチというのかを使って「仮つなぎ」したり。船の中の配管はピンからキリまでありますから。いっぱい積んであるパイプの中から選ばないといけないでしょ(笑)。プラモデルの拡大版のような感じです。
その頃三菱の神戸造船所の撤退が決定していました。私は労務の人間ですから、使っている二十四、五人の行く末を考えなければなりませんでした。一番本領を発揮できる分野ですよね。だから最終的に4年半いました。
この神戸での経験で自信もついたし、ある程度のことが喋れるようになりました。なんとなくでも、会社がどういうことをしようとしているかがわかるようになって、いい経験をさせてもらったなと思います。
今は、労務は林さんに任せて、俯瞰的に見ているだけ、私は経理です。これも初めてやりました。簿記3級を受けて…と、そこからでした。前期は本当に一人だけで3月決算を終えたところです。新しいことばかりやっている感じですね。

総務部

たまに工場から、火消しに駆けつけます。

玉名工場 村井 良隆

 仕事は製缶や配管の前工程で、材料を切り出したり、切断したり、穴をあけたり。材料は鉄がほとんどですが、たまにステンレスもあります。得意なのはガス切断。楽しんでやっています。レーザーなど機械加工はキレイに切れるじゃないですか。でも、どうせやるなら負けない仕上がりにしたい。もちろんレーザーのほうが切り口はキレイですが、できれば勝ちたいくらいです。
地元の有志による消防団に入っています。火事があれば初期消火にあたるため、すぐ職場を離れないといけない。でも、火事だからと、ふつうどこの会社でも即座に職場から出られないらしいですね、なかなか。でも10分も経ってしまったら消防署が到着するから、遅れたら役に立ちませんしね。消防団員は非常勤特別職の地方公務員であり、書類の提出などで活動できるらしいんですが、会社によってはその書類すらダメって言われるらしい。うちでは、許可もいただいていますし、工場長も理解があって「すぐ行ってこい」と言ってもらえる。とても助かっています。

玉名工場

私、中身は男だし、活発な母です。

玉名工場 井上 なつき

 化粧品の営業をしていましたが、向いていないと感じて数ヵ月で退職しました。その後、近くで長く勤められる仕事を探してコレナガに入りました。男性中心の職場ですし、女性が2、3人しかいないこともあって気を遣ってもらえますし、可愛がってもらえます。
とりわけ工場長は優しく、体調を崩したときなど気遣ってくださるので、長く勤められています。同僚の有さんも15年ほど勤めていますから、何でも話せる仲です。
それに土地柄か、私たちはサバサバしていて中身が男なので(笑)、男所帯にいても気になりませんね。趣味は旅行です。ふだんは堅実なほうですが、旅先ではいろいろな体験を満喫します。だいたい、沖縄方面か関西方面を交互に行っているかな。昨年は関西に行って宝塚で歌劇を観たり、おととしは沖縄の慶良間諸島でダイビングをしたり。学生時代は海外旅行にもよく行ったものです。

玉名工場